「レインボ−・プロジェクト−物質の不可視化」
いままでタイムワ−プは仮想的なアニメ−ションの世界でのみ存在してきた。そして誰しもが、もし本当にタイムワ−プが出来たら、便利であり、知らなかった様々な世界を見る事が出来るはずなので、大変興味を持ち実際に試してみたいと思うはずである。科学の発展は1900年のマックス・プランクの量子の発見から100年後に、「量子力学」を発展させた、量子コンピュ−タというテクノロジ−の登場によって、現在、それまでの常識さえも変えてタイムワ−プを可能にするかもしれないレベルに達しているという。この量子コンピュ−タの能力は、現在のス−パ−コンピュ−タが100桁の素因数分解で計算を行おうとすると10兆年かかるところ、僅か30分で行ってしまうという。この様なコンピュ−タであれば、超光速の様々且つ膨大な情報処理(例えば、量子結合状態の瞬間把握、多次元における同時位置情報取得、人間の肉体の原子・分子レベルの解析、転送前後の処理など)が瞬時に計算出来ることにより、量子テレポ−テ−ションなども不可能ではないとされている。
しかしながら、いかなるテクノロジ−も全人類の共有財産であり、人類の繁栄と幸福のためにのみ存在しなければならないと信ずる。しかしこの世界の中には、必ずと言ってよいほど、超テクノロジ−を独占して、世界を支配したいと考える者が存在しているのが事実だ。そうならない様に人類は監視の目を常に光らせておかねばならない。実際に、その様な者と極秘プロジェクトの存在が、プレストン・ニコルズらの著書「ザ・モント−ク・プロジェクト」の証言によって明らかにされようとしている。タイムワ−プ実験に関係のあるモント−ク・プロジェクトと、最も深い関係にあるのが「フィラデルフィア実験」であることは大勢の人が認めるところである。この実験の内容は、アメリカ海軍がフィラデルフィア造船所で極秘実験を行い、船艦の不可視化実験に成功したというものである。その際に副産物的効果?として予期せぬテレポ−ト現象を生み出し、更に乗組員全員に戦慄的ダメ−ジを与えたと言われる。フィラデルフィア実験の先駆けとなる不可視化実験が本格的に開始されたのは、1930年代の初期のシカゴ大学においてであった。
また1933年にはプリンストン大学に先端技術研究所が設置されたことにより、アルバ−ト・アインシュタイン、フォン・ノイマン、ニコラ・テスラなど当代随一の科学者の陣容を擁し、これによって不可視化実験の中心地もプリンストン大学に移動した。そして1936年、不可視化実験プロジェクトは人的・物質的に充実され、ニコラ・テスラが総指揮をとることになった。ニコラ・テスラは以前よりジェネレ−タ(発電機)と変圧器を組み合わせた特殊なコイル(テスラ・コイル)を設計・開発をしていた。そして、その年末にはテスラの搭乗する実験船において、部分的不可視化実験が成功を収めたようだ。1940年には、ブルックリン海軍工廠において全面的不可視化実験が実施された。この実験は小規模なもので実験船は誰も搭乗していなかった。従ってジェネレ−タも実験船に搭載出来ず、他の船に搭載したジェネレ−タとケ−ブルで接続して電力を供給するような状態であったようだ。この時点で磁気機雷の開発に携わっていた実践的理論物理学者のタウンゼント・ブラウンがプロジェクトに加わった。
彼はその知識を生かして、船の磁場を消して機雷を防ぐ装置を開発していたのであった。1941年頃には、米国政府はニコラ・テスラに全幅の信頼を寄せるようになり、実験船の提供など援助を惜しまなかった。テスラはその様な研究環境において不可視化実験を進めていった。しかし、テスラには実験において発生すると予測される人的被害に関して大変に懸念をしていた。この実験には、かなりの高電圧装置を使用しているため、人体及び精神に甚大な被害を与えることを予見しており、彼は問題点を解決し完璧な実験を実施するまでには更に時間を要すると考えていた。一方、フォン・ノイマンはテスラの主張に耳を傾けようとはしなかった。と言うのは、この当時のフォン・ノイマンは超物理学・超心理学にあまり興味がなかったうえ、地球外生命体の警告を受信したなどと言うテスラに対して、不信感を抱いていたようである。戦争における早急な勝利を関心事とする政府は、せかすことはあっても不可視化実験における人体実験延期を許すことはなかった。この政府の態度に反感を抱いたテスラはサボタ−ジュを行ったため、1942年プロジェクトから外されてしまったのである。
1942年7月、不可視化プロジェクトはフォン・ノイマンの総指揮のもと、2つのジェネレ−タを新たに追加した実験船エルドリッジ号の建造に着手した。しかしドックの中でテストを繰り返すたびに、システムの暴走によって水兵が巨大なエネルギ−渦に巻き込まれ犠牲になるという事故がしばしば発生した。さしものノイマンも、この実験の危険性を悟り始めたのである。ここにきて初めてテスラの懸念が理解されはじめたのであった。フォン・ノイマンはこの事態を第三のジェネレ−タを設置することによって解決しようと試みた。しかし3つのジェネレ−タを同調させて機能させることは、当時の技術水準ではそもそも不可能であった。同調しないジェネレ−タはかえって危険でさえあった。事実、3つのジェネレ−タを用いたテストにおいて、一人の技術者が昏倒し植物状態から回復することのないままプロジェクトから外されるという事故が発生した。結局、第三のジェネレ−タは取り外されることになった。ここに及んでノイマンも人体実験の延期を申し出たが上層部から聞き入れられなかった。
第一回の人体実験は1943年7月20日午前9時に実施されることになった。満を持してパワ−スイッチが入れられ実験が開始された。船内の制御室では不可視化を制御した。船体のみの不可視化実験は既に成功していたが、今回は船員も含めた不可視化実験なのだ。実験は成功しエルドリッジ号はレ−ダ−から姿を消した。そして不可視状態は15分間続いた。しかし予想通り人的被害も発生しており、身体の不調、精神的ショックなど、安全性向上のために更に多くの時間が必要な事は明らかだった。しかし、実験の最終決定権は海軍参謀長が握っており、最終実験の日程、8月12日は誰も動かし得なかった。遂に当日、実験船エルドリッジ号の装置のパワ−スイッチが入れられた。すると最初から機器の異常が発生していた。しかし最初の数分は何ということなく過ぎていった。そしてこのまま実験は終了するかに思われた。ところがエルドリッジ号は青い光に包まれたかと思ったのもつかの間、人々の眼前から忽然とその姿を消してしまったのだ。遂に緊急事態が発生したのだ。
まずメインマストに取り付けられたアンテナと送信機が破壊された。強烈な電磁場に包まれた船内では戦慄的な事態が相次いでいた。身体が燃え上がる者、その反対に硬直状態になったままの者、おぞましいことに船室の隔壁に身体が埋め込まれてしまう者さえ続出した。このとき既に乗務員の殆どは精神錯乱状態にあったようだ。しかし機械室にいた一部の技師は、鉄の隔壁に守られていたため、影響は最小限にとどまり正気を失うことはなかった。彼等はこの異常事態の中でジェネレ−タと受信機を停止させようとしたが、機器は何かに引っ張られるかのように動き続け、どんなことをしても停止出来なかった。乗務員が次々と精神錯乱に陥る中で、エルドリッジ号はフィラデルフィアからノ−フォ−ク、そして再びフィラデルフィアへと瞬間的に移動していた。「フィラデルフィア実験」の名で知られるこのプロジェクトは、正式には「レインボ−・プロジェクト」と呼ばれ、第二次世界大戦を早期に終結すべく企画された極秘プロジェクトである。本来、この実験は防衛的な意図で着手されたものであり、強力な電磁場で船体を包み砲弾や魚雷を逸らそうというものだった。
その後、船体を見えなくして空中から発見されないようにすることも計画された。現代のステルス・テクノロジ−の先駆的実験であった。物質の不可視化実験は、一応成功したものの、予測も出来るなかったテレポ−テ−ションという副産物を誘発してしまったのだ。この現象は即ち我々の存在する時空間連続体から忽然と逸脱し別の場所へ船は移動したわけだ。実験は予想外の大成功と言いたいところだが、関係者達の動揺もかなりのものだった。その後、海軍首脳部で善後策を模索するために、何回も会議が持たれたが、これと言った結論は得られず、再度実験を行ってみるしかなかった。そして1943年10月下旬、再実験は行われた。今回は人的被害を出さないためにエルドリッジ号を陸揚げし、遠隔操作で不可視化することになった。20分程度の不可視化の後、エルドリッジ号に搭乗して内部を点検すると送信機とジェネレ−タが船内から消え失せており、制御室は台風が通り過ぎた様に荒れ果てていた。再び人間を乗せて実験を続けたかったが、余りにも危険なためリスクを考えた末、海軍はこのプロジェクトから全面的に撤退したといわれる。
そしてプロジェクトを指揮してきたフォン・ノイマンやアルバ−ト・アインシュタイン達は急遽マンハッタン・プロジェクト(原爆開発)を遂行するよう命ぜられた。「レインボ−・プロジェクト」は挫折したが、その際の副産物であるテレポ−テ−ションなどの高度なテクノロジ−の研究が、後に「モント−ク・プロジェクト」へと進んでいったのである。アメリカ海軍の極秘レインボ−・プロジェクト「フィラデルフィア実験」が闇から表面化したきっかけは、1955年から1956年にかけて、数学者で天文学者でありUFO研究家として有名なモリス・ジェサップ博士宛に送られてきたカルロス・アジェンデによる一連の書簡による。書簡の中でアジェンデはエルドリッジ号の実験の一部始終を垣間見ていたと主張しており、更にはその驚くべき事実を克明に記していたのである。1959年にジェサップ博士は、謎の自殺を遂げたが、その原因は極秘実験の真相に近付き過ぎたためではないかと噂された。アジェンデ自身も1969年に正面きって姿を見せたが真相は闇の中にある。その後、ウィリアム・ム−アがエルドリッジ号の航海日誌の1944年以前の肝心な部分が欠如していることを発見して注目された。
「極秘プロジェクト体験の記憶」
「モント−ク・プロジェクト」の核心に迫る人物の一人としてプレストン・ニコルズがいる。彼は電磁気現象の研究を専門としており、1971年、ニュ−ヨ−ク州ロングアイランドにある、大手の特許請負会社に就職したが、後に電子工学の学位を取得し、本業の傍ら独自の研究室を設けて電磁気現象に関する研究に没頭していた。彼は1974年にテレパシ−波の存在を知り、そして霊的な能力を持った人達の協力を得て、テレパシ−交信実験を行い彼等の反応を克明に記録していた。しばらく実験を続けていく内に奇妙な事が発生したのだという。それは毎日ある特定の時刻になると霊能者の精神が何かに妨害され、思考が攪乱されるという現象が発生したのである。そこで種々の装置を駆使して原因を追求したところ、410−420メガヘルツの電波を空中に発生させたとき、彼等の精神が攪乱されることが分かった。と言うことはその問題の周波数の電波が決まった時間に定期的に発射されているということを意味している。そこでニコルズはVHF受信機を車に積んで電波の発信源を探し求めた。
やがて行き着いた先は、ロングアイランドの東端にあるモント−ク空軍基地であった。電波は基地に設置された赤と白に塗られたレ−ダ−アンテナから発せられていた事を突き止めたのである。怪しまれない様にして基地の周辺を探ってみた。警備はかなり厳重だった。警備員の話では、この基地のレ−ダ−は米連邦航空局によるプロジェクトのために使用されているという。基地のレ−ダ−システムは半自動式航空管制地上システム(SAGE)といい、第二次世界大戦当時の旧式のシステムである。この様な古いものをFAAが使用しなくてはならない理由が理解出来にくかった。しかしそれ以上の詮索は不可能だったので、この謎めいたモント−クのアンテナに関しての探査は中断してしまった。1984になって事態は急変し、突然、空軍基地は廃棄されてしまったのだ。真相を探るべく「公共廃棄物払下局」に問い合わせ基地への立ち入り許可証を入手し、彼の研究の協力者である霊能者と共に基地内を二手に分かれて調査した。ある建物の中に入ると浮浪者がびっくりして立ち上がった。
浮浪者は基地が閉鎖されて以来ずっとここに住んでいると言う。彼の話によれば、基地が閉鎖される1年前に何か大がかりな極秘実験が行われ、結果的に基地を閉鎖する原因となったらしいことが分かった。また彼はここで技術者として働いていたが、遂行中だったプロジェクトが異変をきたし脱走したのだとも言った。実験によって突然巨大な化け物が現れて基地にいた人々を追い散らしたそうだ。更には突発的な異常気象も発生するなど、誰もが予期しないとてつもない事態が発生したようだ。更に驚いたことに、その浮浪者がニコルズを見て懐かしそうな表情を見せ、私はあなたを知っており、あなたは私の上司だったと述べた。しかしその当時、ニコルズにはそんな記憶は全くなかった。一方ニコルズの協力者である霊能者は、彼と合流したが彼は何か不気味なバイブレ−ションが基地内のあちこちに漂っていると言う。マイナスのエネルギ−が残留思念しているのかもしれない。参考までに彼に基地内を直感的に透視してもらうことにした。すると浮浪者が言っていた話しが作り話でないという結果が得られた。
信じられない事だが、異常気象、マインド・コントロ−ル、奇妙な化け物の存在についての光景を透視したのだ。彼はマインド・コントロ−ルを受けた動物が窓を突き破って侵入してくると繰り返しつぶやいた。ニコルズ自身も先刻から、大気のゆらぎの様なものを感じていた。体温も低下してきているし、同時に別の意識が芽生えるのを感じていた。そう言えばなんとなく基地内の風景も見覚えがあり、以前からここに居た様な気がしてきた。とてつもない何かがここで行われていたという考えが浮かぶのだが、しかしそれが何であるかはまだ明確に分からなかった。しかし浮浪者の言葉が正しいとすれば、自分はその「何か」に関わっていたことになる。一週間ほど休暇を取ってモント−ク海岸でキャンプを張り情報を収集した。するとやはり基地周辺では奇怪な現象が発生していたことが分かったのである。例えば、真夏に雪が降ったり、更にはハリケ−ンの発生。そうかと思うと晴天が一転してにわかに曇り、雷鳴が轟き、電光が天空に閃いたり、雹が降るなど、そんなことが起こり得ない気象状況の中でこれらの現象が起こっていたのだ。また様々な動物達が何かに憑かれたように群をなして街に押し寄せ、窓ガラスを割って家屋に侵入したという。
また地元の警察署長の証言は更に興味深かった。署長によると、この非常に小さな街において、犯罪が一日の内のある2時間だけに集中して起こり、2時間が過ぎるとパタっと静まりかえってしまうという。その時間になると子供達が突然1ケ所に集まり始め、彼等も2時間を過ぎるとバラバラになって家へ帰ってしまうのだと言う。この事は明らかに「マインド・コントロ−ル」の様なことを示唆している。基地は1969年に閉鎖されたのだが、それ以後も軍の技術者が実際に活動していたようだ。一方、自分自身に関わる謎を解明するべく様々な調査に取りかかった。あの浮浪者以外に自分の事を知っているという人間にも何度か出くわしたからである。しかし、どう考えても自分はごく普通の人生を歩んできた記憶しかないのである。もしかしたら自分の意識が何者かによって強力なブロックがかけられている可能性がある。1989年に彼は自分の働いている会社に何か手掛かりがありそうな気がして、社員達に悟られないようにして探りを入れた。
社内をあちこち歩き回っている内に奇妙な事に気が付いた。建物の中の特定の場所にさしかかると、内蔵が無意識の内に掻きむしられるように痛む反応を示すのである。この部屋に何かあるに違いないと思い、残業を装い警備の目を盗んで、ドアの電磁ロックを解除して中に侵入した。中はもぬけの殻だったが、以前に様々な装置が設置されていた痕跡が認められ、何やら円筒形コイルらしい物体が4個設置されていたようだ。その他、この室内に引かれた高電圧の電線が妙に目立っていた。しかし不快感の源となっていた部屋ではあったが、結局、謎は解明出来なかった。退社後、研究室に戻ってあれこれと思いを巡らしている内に、会社で働き始めた頃の奇妙な出来事を思い出したのである。あるとき、ふと自分の手を見たら、15分前にはなかったはずなのにバンドエイドが貼ってあった。自分で貼った覚えはなく、また会社の医務室の看護婦に聞いても心当たりはなかったのである。またある日のこと、机に向かって仕事をしていると、突然手に痛みを感じたので、そこを見ると手の内側にキズがあり、その上にバンドエイドが貼ってあった。
その後もしばしばこんな事が起こったのである。その事について深く思いを巡らせていると、「もう一人の自分」の記憶が突然よみがえってきたのである。もう一人の自分はしばしばある機械を運搬していたらしい。その機械を動かすことが出来るのは自分だけらしく他の者は嫌がって機械に近付こうとはしなかったようだ。機械は重くて扱いが難しく、自分にとってはその仕事が一向に苦にならなかった。そして手の傷やバンドエイドは日常茶飯事となっていた。察するに、どうも物事が実際に発生する時間と、自分が感じている時間系の間にズレがあるとしか思えない出来事をいつの間にか何度も体験していたようだ。やはり「別の意識」つまり同時にもう一人の自分が存在しているとしか考えられない事象がにわかに我が身に発生していたようだ。端的に表現するなら、2つのタイムトラックを同時に生きてきたと言うことなのだ。ニコルズの次の調査のタ−ゲットを、厳重に警備された自分の会社の地階にあるセキュリティ・エリアに決めて、そこに足を踏み入れれることにした。通常、ここに立ち入る場合は社員バッジを守衛に手渡し、代わりにセキュリティ・エリア用の特別なバッジを受け取るシステムになっている。
ニコルズは無意識に自分の社員バッジを守衛に手渡したところ、なんと彼の特別バッジを手渡してくれたという。本来なら彼の特別バッジなど存在するはずがないのである。中に入って本能のおもむくままに歩き回った。そしてそこでとんでもない事実を発見した。「プロジェクト実行委員長補佐プレストン・B・ニコルズ」と記されたネ−ムプレ−トが大きなデスクの上に置かれていたのだ。遂にもう一人の自分に関する物的証拠に遭遇したのだ。そして自分の机に座り書類に目を通した。全てが極秘事項であった。USSエルドリッジ、プロジェクト・レインボ−、ナチス、アルバ−ト・アインシュタイン、フォン・ノイマン、タイム・トンネル、ダンカン・キャメロンなど。人名やプロジェクトの詳細を読み進むうちに、記憶のブロックが次第に解除され、やがて全ての記憶が鮮明に蘇ってきた。ここに至ってニコルズは、語るも忌まわしい戦慄的なプロジェクトに関係していたことを知りショックを受けたのであった。そのプロジェクトの名は「モント−ク・プロジェクト」である。
「モント−ク・プロジェクト−時空間の超越」
このプロジェクトが生まれたのは、エルドリッジ号が遭遇した現象に関する調査・研究が引き金になっているということである。そして30年以上に亘って科学技術の粋を集めて研究が遂行された。その結果得られたものは、以下の様な驚異的テクノロジ−の数々だった。
- 電子制御によるマインド・コントロ−ル・システムの開発
- タイムワ−プ現象の出現を契機にしてタイム・トンネルの創造
- タイム・トラベルを可能にする技術の開発
それらの研究は段階的に行われたが、最終的にプロジェクト・チ−ムは「時間をも自在に制御するテクノロジ−」を開発していたということである。1940年代の後半に、この超極秘プロジェクトの前身となるレインボ−・プロジェクトが再浮上した。そして再開と同時にフォン・ノイマン博士と彼の研究チ−ムが召喚された。彼等は同プロジェクトの元メンバ−であったが、エルドリッジ号の事件以後はマンハッタン・プロジェクト(原爆開発)を担当していた。新たな目的を持ったプロジェクトの下へ再び原動力となる頭脳が戻ってきた。そしてこれらのメンバ−に課された課題は、「電磁気の壺:電磁場によって発生し物体を覆うフォ−ス・フィ−ルド」が人体に与える影響を解明することであった。1950年代前半、このレインボ−・プロジェクトとウィルヘルム・ライヒ博士を中心に進められていた気象制御プロジェクトである「フェニックス・プロジェクト」との合併が決定され、以後全ての活動が「フェニックス」という名で呼ばれることとなった。プロジェクトの本部はニュ−ヨ−ク州ロングアイランドにある、
ブルックヘブン研究所に置かれ、フォン・ノイマン博士がプロジェクトの指揮をとることになった。彼はプリンストン大学で教授を務めていた時期に、真空管を使用した世界最初のコンピュ−タを試作したことで有名である。研究活動を開始して間もなく、彼はかつて否定していた超物理学・超心理学的思考の必要性を強く感じるようになっていた。このプロジェクトにはその様な人間の超物理学的側面に関する理解が必要であったのだ。レインボ−・プロジェクト、つまりフィラデルフィア実験では、人間の物理的肉体を時空の彼方へと移動することには成功した。もちろん乗組員の殆どが発狂するなど想像もつかない変化を遂げてしまった者が出たりと言った失敗もあったが、それはいってみればテクノロジ−の進化途上の問題であるかもしれない。しかし実験を行う度に被験者全員が発狂していたのでは問題がある。フォン・ノイマンと彼の研究チ−ムは、人間が電磁場を利用して時空を超越するとき、その精神に対してどの様な悪影響が発生するのかの研究に10年を費やし、一応の結論を得るに至ったようだ。
まず、全ての前提となる発見は、人間はそれぞれ「時間軸」を持って存在しているという事であった。エネルギ−体たる人間は、その発生と同時に時間の大きな流れとの接点を生じ、そこを原点として時間の流れに沿った夫々の時間軸を延ばしていくのである。これを理解するには、人間のエネルギ−体又は魂を肉体から分離して考える必要がある。人間の物理的側面・超物理的側面全てを統合した実体は、地球の電磁場と共振し密接な関係を持ったこの時間軸に拠って存在しているということだ。人間にとって時間軸こそ宇宙に対する認識と行動の基本となるものなのだ。その様な人間にとって時間がいきなり逆行したとしたら、想像を絶するほどの精神的ショックに見舞われることだろう。現に、突然時空を超越させられてしまったエルドリッジ号の乗組員達は、時間軸を失ってしまいパニックに陥り発狂してしまったのだ。
初期のレインボ−・プロジェクトは結果としていわば「人工宇宙」を創造したと言える。電磁気のフォ−ス・フィ−ルドの中に形成された人工宇宙は、関係者の眼前で船とその乗組員を包み込み不可視化した。即ち船と乗組員は我々の存在する時空から逸脱してしまった。これがエルドリッジ号の遭遇した現象に関する科学的説明である。ただし、この人工宇宙には我々の存在する宇宙における時間の流れと無関係のため、そこには如何なる時間軸も存在し得ない。それは意識のみが覚醒し認識の死滅した世界とでも表現すべき世界なのである。プロジェクトのスタッフのこの様な研究の結果として、解決すべき問題は明確になった。要するにフォ−ス・フィ−ルドの中にいる人間に対して、時間軸を失わせることなく人工宇宙に出し入れすればよいことになる。フォン・ノイマン博士はコンピュ−タ開発の経験を生かして、ゼロ時空間のフォ−ス・フィ−ルドの中に地球を思い起こさせる電磁場を、コンピュ−タによって計算し、地球の時間軸と同じ様な時間軸を供給することによって、中にいる乗組員に時間軸を失っていないと思わせるような電磁場を創出して、
この問題を解決した。内部の乗組員は時間軸を失っていないと感じさせる事が出来ればパニックに陥らず発狂しないからである。これがうまく機能しないと、精神と肉体が不適合を起こし狂気へと導かれることになる。1967年にこの途方もない結果を生み出すプロジェクトの成果は、報告書にまとめられて議会へと提出されたが、以外にも、この驚異的なテクノロジ−の悪用を懸念したのか、まったく評価されず、1969年に全てのプロジェクトの解散が宣告されたのである。解散を命じられたものの、研究グル−プは既に国家から独立しても十分やっていけるだけの体制を築き上げており、マインド・コントロ−ル・テクノロジ−をエサにして、改めてペンタゴンにコンタクトを試みた。このテクノロジ−を用いれば戦う前にスイッチを押すだけで、敵を降参させることが出来るというふれこみだったので、軍部は当然のようにエサに飛び付いたのである。研究グル−プは、さっそく秘密裏に実験を行うことの出来る場所と、軍の要員及び必要機材の提供を要請した。彼等が要請した必要機材の中に旧式のSAGEレ−ダ−が入っていたことは、
この事件を検討するためには注目に値する。更に410−450メガヘルツで機能するラジオゾンデ(上層気象観測装置)も必要であった。前述のプレストン・ニコルズの研究で、この周波数は人間の意識の内部に侵入することが出来る「透過周波数」の一つであることが分かっている。従って、410−450メガヘルツを発射することの出来る強力なレ−ダ−機器を必要とするのであった。実験場所として軍が提供したのは、当時既に閉鎖されていたモント−ク空軍基地であり、そこには既にSAGEレ−ダ−・システムも設置されていて一石二鳥だったのだ。またこのレ−ダ−・システムには巨大なラジオゾンデの建造に必要とされる変調器なども備わっていた。議会は新たなプロジェクトの動きを察知はしていたものの、もはや国家の援助を受けていない研究活動に干渉する権利はなかった。そもそも、この基地自体は政府の予算枠から外れた廃基地だったこともある。1970年の後半から1971年にかけて、モント−ク空軍基地の「0773式レ−ダ−”バタリオン”」は実質的に再建され、このおぞましいモント−ク全プロジェクトが軌道に乗り研究が再開されたのだ。
問題なのは、このプロジェクトを再開するための膨大な資金源が必要とされたことだ。ここで登場するのが「ナチスの金塊」である。話しは1944年にさかのぼるが、連合軍がナチスから奪取した100億ドル相当の金塊を積んだ米軍の列車が、フランスのトンネル内で爆破されたという事件があり、この列車には51人の兵士も乗っていたようだ。連合軍の支配地域で米軍の列車が爆破されたという事はあまりにも異常な事態であったため、当時ヨ−ロッパに駐在していた米陸軍将校ジョ−ジ・パットンが調査にあたったものの、犯人も事故と同時に消え失せた金塊については何の手掛かりも得られなかった。この金塊がモント−ク・プロジェクトの資金源になったといわれる。当時の金塊の時価で100億ドルだったとするならば、現在の時価に換算して約2000億ドル相当になり、これが当初のプロジェクトの運営資金に充てられたと考えられている。
「マインド・コントロ−ル実験」
モント−ク・プロジェクトは秘密厳守の中、その後、マインド・コントロ−ル機器の開発へと進んでいった。基地の人員は、軍関係者や政府関係者、及び民間企業出身の技術者によって構成されていた。前述のプレストン・ニコルズも民間出身の技術者として1973年に採用されていた。実験の進展はある偶然から生まれたのだ。レ−ダ−波とパルス波の周波数を変化させると、人間の精神状態が変化することが分かったのだ。このデ−タに基づいて「電子レンジ実験」が開始された。これは巨大化なバナナの皮の様なレ−ダ−反射機を建物の一カ所に焦点を合わせて設置された。その建物の内部には、厳重に遮蔽された部屋が設けられ、椅子が一個置かれていた。被験者が座ると建物の扉を開閉して、部屋に侵入するマイクロウェ−ブの量を調整する。この間ずっとレ−ダ−反射機は建物の入口に焦点が合うように調整され、送信機からは高出力の電磁波が照射し続けられている仕組みだ。実験が進むにつれて人間の精神がどの様な条件で、どの様に変化するのか、広範なサンプルを集める必要性が生じてきた。
そこでタ−ゲットとなったのは休暇中の兵士、ロングアイランドやニュ−ヨ−ク、ニュ−ジャ−ジ−、コネティカットの一般都市住民などを使って多大な成果を上げたと言われる。その結果、送信機はより実践的なものへと改良され、プログラムを打ち込むだけで、人々の精神状態を変化させたり、犯罪を増加させたり、暴動を起こすことが出来るようになっていた。そして、なんと人間のみならず野生動物のマインド・コントロ−ルまで可能になったのだ。また走っている自動車に焦点を合わせ、自動車の電子機器を全て停止させてしまうプログラムを作った研究者もいた。しかし研究者グル−プは単にマインド・コントロ−ル用のみの送信機の開発だけに終始しなかった。彼等はその後この送信機を改良発展させてとんでもない結果を引き起こしてしまうことになる。その代表的なテクノロジ−は、1950年代に入ってロングアイランドのサウザンプトンにあるITTセンタ−は、心のイメ−ジを直接投影出来るセンサ−・テクノロジ−を開発した。このシステムは人間が発する電磁気(脳波やオ−ラ)をセンサ−で感知し、それを画像に変換する機能を持つ「読心機」と言われるものであった。
この読心機は、被験者の座る椅子と椅子の周囲に設置されたコイル、3個の受信機、6個の出力チャンネル及び画像を描き出すクレイ社製クレイ・ワン・コンピュ−タによって構成されていた。このテクノロジ−の原型はシリウス星人によって与えられたと伝えられるが、具体的にどの様にして開発されたのかは未だ謎である。読心機の椅子は小さなピラミッドの中心に置かれ、ピラミッドの中に椅子を取り巻くように3基のコイルと、ピラミッドの頂上部に1基のコイルが設置されていた。この様な椅子に座った被験者は、コイルによって創出される電磁気場の中に配置される。3基のコイルは夫々の3個の受信機(ハンマ−ランド・ス−パ−プロップ600)と6個の出力チャンネルに接続されている。受信機の中に設置された検波器は変調搬送波を検出し、検出された電波は6個の出力チャンネルに伝達される。6個の出力チャンネルのうち3個は搬送波以上の周波数の変調搬送波に対応し、残り3個は搬送波以下の周波数の変調搬送波に対応している。
ここで述べる「搬送波」とは、一般的にいうところの搬送波ではない。受信機が同調した3種の周波数から更に検波器で選別したものであるという。コイルの設置はITTが担当した。椅子に座った人間の思考情報を解読するクレイ・ワン・コンピュ−タからIBM製360コンピュ−タを経て送信機に接続するというのが回路の概要である。この装置が読み取っているのは、いわゆるオ−ラ、つまり人体を包み込んでいる電磁気場である。ちなみに霊能者はこれによって霊視を行っている。人間の発する言葉がラジオで伝達されるように、この装置は人間の発するオ−ラが持っている情報を伝送することが出来るのだ。この実験に関してダンカン・キャメロンがその才能を発揮した。彼はレインボ−・プロジェクトにも参画していたが、今回のプロジェクトにおける本来の任務は、モント−クの送信機が人間に与える悪影響の調査であった。彼は優れた技術者であると同時に超物理学に造詣が深い霊能者でもあった。研究グル−プは更に機器の調整に1975年の後半から1976年の始めにかけての6ケ月を費やし、この送信機の途方もない機能を完全なものとした。
その途方もない機能が実際に分かったのは1977年の終わり頃であった。それはつまりダンカン・キャメロンが心の中で描いた物体が創造されて現出する(アポ−ツ現象:物品引き寄せ現象)という現象が発生した。彼が心の中で物体に思念を集中すると、物体は基地内の何処かに出現したのだ。また彼は送信機によって思考内容に沿った完全な物質創造ができ、更に意のままにそれらを制御することが出来るようになったのだ。多くの場合、それは幻のように見えるような状態で出現したが、完全な物体として出現することも少なくなかった。本質的に主観的なものである思考が、客観的事実である物体として出現してしまったのだ。ダンカンと送信機を使用すれば、人間の頭脳に対していかなるプログラムとコマンドを設定することも可能であり、ダンカンの思考をそのまま植え付ける事が出来るので、対象となる人物に何をやらせるのも自由自在であった。この実験対象となったのは個人、集団、動物、機械など、実験対象となり得るものは全て試すというのが基本方針であった。
例えばテレビ放送の電波を一時的に中断させたり、全く写らなくしてしまったりする訳で、物体を移動したり破壊したりするのは日常茶飯事であった。ダンカンに窓が割れることを思い描かせた結果、付近一帯の建物の窓が粉々になったこともあった。更に彼の思念波を受けた動物達がモント−クの町に侵入したり、人々がこぞって犯罪にはしるという現象をしばしば発生させた。この様に彼の純粋な思念波によるマインド・コントロ−ル実験や物質の創造実験を可能にしたのだ。これらの実験は1979年頃まで続けられた。
「タイムワ−プの実験」
1979年、モント−クにおける研究は更に新たな局面を迎えることになった。きっかけはダンカンと送信機による実験中、彼がいかに意識を集中しようとも、突然一切の反応が停止したかにみえた。例えば彼が午後8時に何かに意識を集中したとする。すると反応がその日の真夜中に発生したり、場合によっては逆戻りして午前6時に反応が発生したりして、意識を集中する時刻と、それに対する反応が発生する時刻が一致しなくなったのである。この思いがけない事態が実は「タイムワ−プ:時間を歪ませる」への可能性を開いたのである。困惑した研究グル−プは、事態の究明に乗り出した。この会議において時間操作を可能とする送信機の開発が示唆された。モント−クの機器類は空間を歪ませる機能を持っていたが、タイムワ−プを行うためには、その機能は完全なものではなかった。そのため研究グル−プはピラミッド幾何学と時間場を歪ませる技術を研究して、オリオン・デルタ・T・アンテナの開発を行う事になったのである。この「オリオン」という名前は、このアンテナがオリオン星人によってモント−ク・プロジェクトに与えられたものである事を意味するという説がある。
またオリオン星人はモント−ク・プロジェクトを完成させるために独自の支援計画を立てているという。このオリオン・デルタ・T・アンテナは8面体構造を持つ地下設置型の巨大なアンテナである。ちなみにアンテナの高さは約45メ−トル、幅が約30メ−トルもあるため地下に設置するには送信機の下に深さ90メ−トルの穴を掘る必要があった。モント−クの椅子は送信機とオリオン・デルタ・T・アンテナの間に設置された。この事は地上の高周波アンテナと地下のル−プ・アンテナの間に生ずる「空空間」に椅子を置くことを意図したものであって、「空空間」は椅子の機能妨害する電磁気を全て遮断する役目を担っている。オリオン・デルタ・T・アンテナには3つのパルス供給ル−トがあり、うち2つは送信機のパルス変調器からアンテナのX軸コイル及びY軸コイルへと供給されるル−トである(アンプリトロンに供給されるパルスと同一なもの)。また250キロワットの増幅器が発生するホワイト・ノイズから生じたパルスは、アンテナの突出部に配置されたZ軸コイルへと供給される。
これが第3ル−トである。高周波(10キロヘルツ以上の無線電波)は送信棟の屋根に設置された全方向性アンテナへと供給される。また高周波の非ヘルツ要素(エ−テル要素)は地下に発生した磁場へと伝達される。これらの波動が相互に影響を及ぼし合うことによって、時間の変形と歪曲という現象が発生するのだ。この実験に用いられた技術は、基本的にフィラデルフィア実験で使用されたものと同様のものであった。当時エルドリッジ号のメインマストには高周波アンテナが設置され、甲板に並べられたコイルはパルス波で稼働していた。このシステムは椅子に座る霊能者が変わると機器類を調整し直す必要があった。また実験を重ねるうちにコンピュ−タ・システムが巨大化したため、新たにコントロ−ル・ル−ムがレ−ダ−・タワ−に隣接して建造され、全てのオペレ−ションが監視・制御出来るようになった。1980年、建物の屋根に設置した巨大なレ−ダ−反射器は無用となり、2つの送信機、全方向性アンテナ(送信棟の屋根に設置)、
送信機に組み込まれたパルス変調器、及びオリオン・デルタ・T・アンテナだけで「時間を歪曲する」ことが可能になった。実験を進めていくとダンカンが椅子に座り、送信機が作動し、やがて彼がトランス状態に陥り指示を受ける訳である。例えば「1980年から1990年に至る時間の穴が開くように精神を集中せよ」とイメ−ジすると、オリオン・デルタ・T・アンテナの中央に「穴:タイム・トンネル」が開く様になった。この穴を通り抜ければ、現在の時間から1990年に行くことが出来るのだ。この穴はまさにトンネル状の通路といったもので、向こう側の出口には光が満ちていた。タイム・トンネルはダンカンが意識を集中している間のみ存続した。このトンネルの中は螺旋状になっており、トンネルを通り抜けると、丸い覗き窓が2つ付いた空間を通して外の世界が見えたという。つまり、こちら側の覗き窓から覗くと、空間を挟んで向こう側の少し小さめの覗き窓から外の世界が見えることになる。1981年末には、特定の時間に行けるだけではなく、特定の場所にも行けるようになった。
実験がここまで発展したところで、実験グル−プの首脳部は、主要な人物を除いた残りの全ての研究者・技術者を基地から放逐してしまった。ニコルズやダンカンは主要な技術者ということで残された。またダンカンに事故があった場合の代替者として2人の霊能者が残された。首脳部は全員残留したが軍関係者は全て基地を去った。秘密保全は以前にも増して厳しくなり、新たなプロジェクトが開始されることになったのだ。放逐された技術者と入れ替わりに、別の技術者集団が導入された。彼等の実態は全く不明で、基地内では「機密班」と呼ばれていた。
「タイム・トラベルの実験」
1981年、新たな陣容によって研究は開始されたが、その時の実験対象はマインド・コントロ−ルなどではなく、時間制御そのものが実験対象となっていた。研究者達は過去から未来に至る時間を舐めるように調査するのである。そして何らかの環境の悪化を認めると時間渦を通して、その時代の空気や土壌などのサンプルを採取した。この場合はタイム・トンネルに足を踏み入れることはない。タイム・トンネルは光り輝く下降螺旋状のトンネルである。トンネルに足を踏み入れた途端に引きずり込まれ、そのまま反対側の出口から弾き出されるそうだ。その弾き出される場所は、送信機が特に場所を指定していない場合は、モント−クの対蹠地(地球の裏側)だったという。このトンネルはコルク抜きがコルクの中を突き進む様子に似ている。これはある種のドリルの様なもので、決して真っ直ぐなトンネルではない。このトンネルの中で誰か他人と出会う事もあるし、何かをすることも出来る。到達した地で目的を果たして帰ろうと思えば、トンネルは口を開けて待っている。そこに再び足を踏み入れれば、元の時空に帰ることが出来るのだ。
しかし、トンネルの中にいる間に何らかの原因で機器のパワ−が減退したら、時間の渦の中に取り残されてしまう。この現象は超空間(3次元を超越した空間)に問題が生じることによって引き起こされることが多かった。この実験において多くの被験者が時空の藻屑と消え去ったが、これは研究者の不注意によるものではなく、まして故意によるものでもない。ダンカンはタイム・トンネルが持つ奇妙な性質について明らかにした。それはトンネルを3分の2ほど進んだところで肉体とエネルギ−が分離するというのだ。いわゆる「幽体脱離」である。それは全身に激しい衝撃を感じると同時に、視野が桁外れに広がるような感覚であるという。またこの幽体脱離体験に随伴して何か高度な知性体の存在が感じられることも報告されている。この現象は「完全離脱」と呼ばれた。研究グル−プは、この現象をダンカンの身体を使って何度も試み「魂」を別の人体に入れ替える(移植)というテクノロジ−の開発にも着手したのである。そのためダンカン以外の多くの人間が実験としてタイム・トンネルへと送り込まれていった。
今回のプロジェクトにおいては、基地外の適当な人間をさらってタイム・トンネルに放り込むという非人道的な行為が通例となっていた。放り込まれるのは、町のアル中など、突然姿を消しても騒ぎになりそうもない人々がほとんどであった。そしてタイム・トンネルに放り込まれた人間が帰ってくると、直ちに本人が遭遇した出来事について細かい調書が取られた。アル中を放り込む場合、数週間にわたって酒を断たせてから送り出したが、彼等の大部分は再びこの世界に戻ってくることはなかったのだ。かなりの人間達が時空連続体の狭間をさまよっているのだ。やがて、駆り集められたアル中や浮浪者達は、テレビカメラやラジオの送信機を背負わされてタイム・トンネルへ送り込まれるようになった。タイム・トラベルを生中継させようという試みである。テレビやラジオの電波はタイム・トンネルを通して現在のこの時空へと到達した。彼等タイム・トラベラ−の旅行ドキュメントはビデオテ−プに録画され保存された。実験グル−プはこれらの実験を通じて過去や未来に様々な作為を加えていったと思われる。
実験中、ニコルズは技師として機器類から離れることが出来なかったため、残念ながらその真相は知らない。ただし、タイム・トラベルを記録した大量のビデオテ−プが存在することは知っていた。そのビデオテ−プを閲覧する権利はなかったが、それを映し出すプロジェクタ−を設計・製作したのは彼自身だったし、多少は垣間見る機会があったのである。ところで、タイム・トンネルに送り込まれる人々の中に、ある時から突如として子供達が含まれるようになった。。実はモント−ク基地には少年が一人いて、時折外に出ては多くの子供達を駆り集めてくるのだ。少年の仕事は手際が良く、ニュ−ヨ−クの地下街を6時間も歩き回れば、1中隊を組織出来るほどの子供が集めてきた。集められた子供達は、秘密の訓練を受けた後に帰される。するとまた別の子供達が集められるのだ。子供達の年齢は10才から16才が中心で、長身で色白という典型的なゲルマン人の特徴を備えていた。モント−ク・プロジェクトの資金がナチスから出ていた可能性があることを先に述べたが、この子供集めのプロジェクトも、あのヒトラ−のア−リア人純血主義と何故かオ−バ−ラップしてしまうのだ。
ニコルズはプロジェクトの首脳達が、第一次そして第二次世界大戦といった歴史的な出来事に何らかの干渉をしていると指摘している。とにかく少年達が、どこへ連れて行かれて何を教育されたのか、更に少年達がタイム・トンネルに送られ何を行っていたのかは、謎のままなのだ。もしかしたら、その真の目的こそモント−ク・プロジェクトの真相を解く鍵が秘められているのかもしれない。モント−ク・プロジェクトの研究グル−プは、1981年から1982年にかけてタイム・トンネルを火星に向けた。その目的は地下都市の探査であった。彼等は火星に超古代文明が存在していたと確信しており、その痕跡の一部が火星探査船マリ−ナ9号がシドニア地区で撮影した謎の人面岩とピラミッドの構築物群であるという。そこで地下都市の入口があると目されたピラミッド群の一角へタイム・トンネルを繋げて固定したのだ。調査の結果、火星のピラミッドは今だアンテナとして機能しており、タイム・トンネルを通じて内部に足を踏み入れたダンカンによれば「太陽ディフェンス・テクノロジ−」というシステムが作動していたという。また地下都市は既に廃墟と化していたが、超古代文明の叡智が燦然と輝いていたという。高さ1.8−2.4メ−トルの宗教的な彫像は人間そっくりだった。また驚くべきことに地表には大気が存在し、赤道付近だったら昼間は生存可能な気温だったという。
「モント−ク・プロジェクトの終焉」
1983年8月5日、ニコルズたち技術者達は送信機を休みなく動かし続けるように命ぜられた。その数日後のこと異常事態が何の前触れもなく襲ってきた。即ち8月12日、全ての機器が何かに吸い寄せられた様に同調し始めたのである。それで基地内は騒然となった。しかし一体全体何が起こったのか分からないが、その時タイム・トンネルに姿を現したものがあった。それは何と1943年8月12日に姿を消したあの「エルドリッジ号」が忽然とトンネル内に姿を現したのだった。なんと40年の歳月を隔ててモント−クとエルドリッジ号との間にタイム・トンネルが繋がって固定してしまったのだ。タイム・トンネルを通して、当時の乗組員達の姿が見えた。異常事態に右往左往している彼等の身に異変が起きていた。しかしうっかり干渉しようものならタイム・パラドックスが発生してしまう可能性があった。ニコルズ達一部の技術者達は強い不安を抱かずにはいられなかった。時空連続体に開けたタイム・トンネルが人類の歴史にどの様な影響をもたらすのか。更にプロジェクトを操る者達は何を画策しているのか。このプロジェクトは既に神の領域を侵し始めているのだ。
彼は3人の同調する技術者仲間と、この行為がもたらすに違いない影響について話し合った。そしてそこで出された結論は「プロジェクトの破壊」しかなかった。ニコルズ達は密かにダンカンを「起爆装置」とする条件付きプログラムを作成することにした。このプログラムは全てのプロジェクトを崩壊させるだけのパワ−を持つものである。彼等が作成したプログラムは送信機である「モント−クの椅子」に座ったダンカンに、誰かが「時は来たれり」と囁くだけで直ちに作動するようになっていた。そんな最中にダンカンの潜在意識がとんでもない怪物生み出したのだ。毛むくじゃらの巨大な怪物が基地周辺に出没するようになったのだ。送信機はダンカンの意のままの物質・物体を創り出すことが分かっていたが、時としてプラス面ばかりとは限らず、この様な異常事態を引き起こすのである。怪物は獰猛この上なかった。触れるもの全てに食らいつき、目に入るもの全てに突進し破壊した。怪物は目撃者によってその描写がまちまちだった。怪物の身長が2.7メ−トルほどであったと言う者がいれば、いや9メ−トルはあったと主張する者もいたのだ。
ニコルズは身長3メ−トルほどだったと記している。何れにせよ、怪物の出現で基地内の秩序が崩壊しはじめた。ダンカンの精神状態が尋常ではなくなりはじめていたのだ。とはいえ、ダンカンを椅子から降ろす訳にはいかなかった。当面エルドリッジ号との間に繋がったタイム・トンネルを処理しなくてはならないからだ。プロジェクトの首脳は事態の収拾をはかるために、まずジェネレ−タを停止する事を決定した。しかし怪物は依然として基地内を我がもの顔で歩き回っていた。この現象を消すには送信機自体を停止させるしかない。ところが、送信機を停止させることになったものの、モント−クの送信機とエルドリッジ号の送信機が同調して動いているこの状況下で、その作業は必ずしも容易なものではなかった。まず、タイム・トンネルに人を送り込み、エルドリッジ号の送信機を停止させる事が試みられた。もしエルドリッジ号の側に全ての原因があれば、これで事態は収拾するはずである。しかしそれを行っても状態は何ら変化は見られなかった。こうなるとモント−クの送信機を停止させるより他はない。
まずロングアイランドの電力会社に行き、基地に電力を供給している送電源を切ってみた。しかし、どこから電力が供給されているものか、モント−ク基地の電気機器は停止しなかった。電力がどこか別のところから供給されていることは明らかだった。ニコルズは基地内の電圧調整室に向かい、そこから延びている電線を全て切断してみた。すると基地内の明かりは全て消え、コンピュ−タも停止した。ところが送信棟だけは、まるで生き物のように、明かりを煌々と灯し続けているのである。もう理屈ではなかった。彼は機器を繋ぐ電線を手当たり次第に切断していった。そして送信機に繋がる全ての電線が切断されたところで、やっと送信機はきしみながらその活動を停止し、基地内の明かりは全て消えた。ついに任務は完了したのである。アセチレン・バ−ナ−で電線を切断して歩いた痕跡を、今でも基地に行けば見ることが出来るはずだという。そして送信機が停止したことにより、怪物はその動きを止め、空に溶けるように消滅した。タイム・トンネルも閉じられ全て終わったのである。
この現象は、ある種のフリ−・エネルギ−・モ−ドが形成されていたために発生したものと考えられた。つまり1943年のエルドリッジ号の全システムと1983年のモント−クの全システムが完全に同調していたため、この2つのシステムのジェネレ−タとの間で巨大なエネルギ−が反射を繰り返すという事態が発生し、基地内の電気機器は機能していたのである。1943年と1983年の2つのジェネレ−タの間にこの様な連繋が生じたことは、ひとつの副産物をもたらした。時を超えて巨大なエネルギ−がやりとりされ続けたことで、そこに非常に安定的な時間渦が形成されたのである。これは伸縮自在のパイプのようなもので、これを伸ばしたり縮めたりすることによって非常に確実なタイム・トラベルが可能になるのである。しかし、突如発生した異常事態は治まったものの、基地はまるで廃墟と化してしまった。電力供給を復旧させたが、肝心の機器類はみな狂ってしまって、長年積み重ねてきたテクノロジ−の産物が、すぐには修復不可能な状態になってしまっていたのだ。
プロジェクトの首脳はひとまず撤退を決意した。その結果、基地要員の多くがマインド・コントロ−ルされた後に基地から放逐さていった。思いがけない事態でモント−ク・プロジェクトは終焉してしまったのである。事件後、モント−ク空軍基地は閉鎖されることになり、基地に残っていた者たちも年内には全て撤退したのだ。1984年5月−6月にかけて、ブラックベレ−の一団が基地内になだれ込んだ。ある情報によると、彼等の任務は「基地内で動くものは全て撃て」というものだったという。ブラックベレ−に続いて工兵隊が到着した。彼等の任務は重要な機密を含んだ機器類を運び出すことだった。次の作業は封印の前の大掃除である。プロジェクトの存在を示す証拠となるものを全て運び出すのだ。このとき、数百体もの遺骨が発見されたと言われている。それから6か月ほどして、コンクリ−ト・ミキサ−車の一隊が基地に姿を現した。ロングアイランド周辺に住んでいる人々の多くがこのミキサ−車の集団を目撃している。彼等の任務は基地の地下区域を全てコンクリ−ト詰めにしてしまうことであった。
この作業は地下に通じるエレベ−タ−のシャフトまでコンクリ−トで固めてしまうという念の入れようだった。最後に基地の扉が厳重に且つ永久に封印されたのである。今でもモント−ク・ポイントを訪ねられればプロジェクトの名残であるレ−ダ−反射器が送信棟の屋根の上にそそり立っているのを見ることが出来る。基地に通じる荒れ果てた道を辿っていくと、基地の扉はあちこちが破壊されているから容易に中に入れるのだ。ただし、一応基地内に立ち入ることは禁止されているので、警備員に見つからないように注意したほうがいい。また基地周辺の建物も立入禁止であるうえに老朽化が激しいので、気軽に立ち入らないほうが賢明である。基地にはそれ以外の危険も存在するとニコルズは警告している。1980年代後半、モント−ク・プロジェクトに参加していた2人の人物が基地を訪れたことがあったようだが、彼等は基地に立ち入ったところで何者かに拉致されたという。拉致された後の記憶がすっぽりと抜け落ちているという。
1981年8月に基地を訪れた者の報告によると、送信棟の屋根あたりに監視用ビデオカメラが設置されているということであった。しかしこれはどうも実際には何も機能していないらしい、脅しの小道具といったところだ。ニコルズの主張通りなら、モント−クの研究者達は、未来を様々な角度から観察していたことになる。モント−クのモニタ−は数種類の異なる未来パタ−ンを写し出すことが出来たという。となれば、研究者たちはそれらの未来パタ−ンの中から特定のものを選び出してシナリオとし、タイム・トンネルを通じて人ないし物体を送り込むことによって、そのシナリオを活性化させることが出来たのだ。つまり全ての思惑通りに物事が推移するようになるのだ。例えば、ここにA氏、B氏及びC氏という大統領候補がいるとする。この場合、各氏が大統領になりうるということで、とりあえずは3種類の未来パタ−ンが存在することになる。では、その中からA氏が大統領になる未来パタ−ンを選び出し、そのシナリオを活性化したとする。
すると、その瞬間にB氏及びC氏の大統領当選は絶望となり、世の中全てがA氏を大統領にするべく動き始めるのである。この様にシナリオを設定してしまったとしても、更に未来に操作を加えることは当然可能である。情報では彼等は歴史にも干渉していたようだ。だとすれば、いまこの瞬間も、全ての人類はモント−クの研究者達が設定した軌道の上に乗っていることになるのかもしれないのだ。従って、このことは我々が「時間を操作する者たち」の奴隷になっていることを意味するのだ。プレストン・ニコルズはピ−タ−・ム−ンとの共著で昨年「ザ・モント−ク・プロジェクト」を著し、政府も議会さえも手の及ばない謎のプロジェクトの存在と、その大凡の全貌を明らかにした。彼等は本書を公にすることによってモント−ク・プロジェクトの一面に光を当てた。これを契機に真実を知る人々が少しでも多く公の場に姿を現すことを期待しているのだ。それは彼等にもいまだに解明出来ない最大の謎があるからだ。そう、プロジェクトの真の目的であり、それを陰で操っていたのは何者なのかである。一体だれがモント−ク・プロジェクトを始動させていたのだろうか。悪魔の仕業か、宇宙人の作戦か、それともCIAの陰謀なのかである。ニコルズは本書でそう読者に問いかけている。とにかくこのプロジェクトは我々の常識を超えた何かとんでもないことを企てている何者かが存在しているということだ。
「テクノロジ−を背後で操る闇の存在」
プレストン・ニコルズらの著書「ザ・モント−ク・プロジェクト」の証言によって、アメリカに悠久に流れる時間を自在にコントロ−ル出来るテクノロジ−を完成してしまったプロジェクトが存在したことが判明した。本来ならばエルドリッジ号の実験で発生した予期せぬ災難で消滅ししたままになるはずだった研究が突如再浮上し、結果的には驚異のテクノロジ−を開発・完成した技術集団を作り上げたということだ。それにしてもミステリアスなのは、プロジェクトを背後で操ってきた存在である。つまり国家機関から見放されたプロジェクトを復活させ、モント−ク・プロジェクトという超テクノロジ−を擁する組織を作り上げ、資金提供した正体不明の存在が確かにいるのである。しかし今のところ、それが何者であるのか全く分からない。プロジェクトに関わっていたニコルズ達の前にもその存在は姿を見せていない。とにかく研究の過程を見ていくと、その存在は「時間」という問題にかなり拘っていたように思える。そして時間を利用して何かを画策していたことは確実であろう。
そこにこのプロジェクトが存在し得た理由が存在するのではないかと思われる。つまりプロジェクトの真の目的は「時間」という問題に集約されているということである。タイム・トラベルが可能になってからプロジェクトの首脳達は、人間をどんどん未来へと送り込むよう指示されていたようだ。浮浪者やアル中の人間達は、ただ単にタイム・トラベルの実験だけに使われたという。実に多くの人間が200年先、300年先の未来へと送り込まれていったらしい。そして、この実験のプロセスにおいて少なくとも数千人がそのまま未来の何処かに取り残されてしまっているのだ。これほどのリスクを背負って、研究グル−プの首脳は一体何を画策したいたのだろうか。このタイム・トラベルに少年が一役かっているということは既に述べたが、そのことは旧ナチスのア−リア人純血主義をオ−バ−ラップさせるということが言える。さてこの少年達だが一部の情報によれば、彼等は実に信じがたい目的のために行動させられていたのだ。それは何と紀元6037年の、廃墟と化した街に送り込まれていたのだ。
今から約4000年以上先という気の遠くなるような未来のその街に一体何があるというのだろうか。タイム・トンネルを操っているうちに、彼等は何か重要なものを発見したのだろう。そこが未来の地球であるのか、あるいはまた別の天体なのかは定かではない。とにかくその街は生きとし生けるものは何もない死の街だという。ところがその街の広場の中心に台座がぽつんとあり、その台座の上に馬を象った黄金の像があるというのだ。それが彼等の追い求めたものだった。その台座には銘文が刻まれていて、それを解読するのが彼等の任務だったという。その銘文こそ、未知のテクノロジ−の秘密を記しているものだという。つまり、それを解き明かすことが出来る者を捜すことが、このプロジェクトの真の目的だったと言うのだ。そのために長年に亘って優秀な頭脳を結集して時間への挑戦をしてきたことになる。しかし、それがなぜア−リア人の風貌をした少年達でなくてはならないのか、その理由は今のところ分からない。プロジェクトの首脳達が、歴史に干渉していたことと関係があるのだろうか。
彼等は何らかの理由で歴史を操作して変えようとしていたのかも知れない。しかし、こうした情報を見るにつけ、ニコルズのブロックされてしまったモント−クの記憶の肝心な部分が、まだ全て解かれていないように思える。従って、彼の証言の全てがモント−ク・プロジェクトの全てを語っているとはとても思えない。更にまだ複雑怪奇な要素なり、事件なりが隠されている可能性がある。いったん終焉したプロジェクトだが、これだけの驚異的なテクノロジ−が、そう簡単に放棄されてしまうとはとても考えられない。その後、現在も何処か別の場所で続行されている可能性は否定出来ない。かつて、モント−クの研究グル−プは、地球のバイオリズムの存在を突き止めている。バイオリズムというのは生体の持つ周期性のことだ。これは万物が相互に作用を及ぼし合うことによって生ずるものだといわれる。地球を一種の生体と考えた彼等は、地球及び全宇宙との関係を深く追求することによって、地球のバイオリズムが20年の周期をもっていることを発見したという。
つまり地球は20年目ごとにバイオリズムのピ−クを迎えるわけだ。奇しくもエルドリッジ号との間にタイム・トンネルが発生した1983年は、バイオリズムのピ−クに当たっていたという。とすると次の地球のバイオリズムのピ−クが到来するのは、必然的に2003年ということになる。もしかすると、この年にプロジェクトが再開されて、新たな試みに挑戦するかもしれないし、既にその胎動が始まっているかもしれない。フリ−・エネルギ−、魂の移植、黄金像とナチスの関係、そしてタイム・トンネルを使った火星探査、タイムワ−プ、マインド・コントロ−ル、歴史の書き換え、物体の不可視化など、これほどのプロジェクトを一部の支配者のための道具としてではなく、テクノロジ−を公開して、全人類のために平和利用しない手はないであろう。